東京高等裁判所 昭和45年(ネ)564号 判決 1972年6月27日
控訴人
株式会社
米山穀機発明所
代理人
榎赫
外一名
被控訴人
株式会社
佐竹製作所
代理人
柏木薫
外二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金九、二九五、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
第二 請求の原因
控訴人訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり陳述した。
一 控訴人の権利
(一) 控訴人は、昭和三五年三月二一日から昭和三六年一月二四日までの間、登録実用新案第三七七、五九四号(昭和二四年二月二日登録出願、昭和二六年一月二五日設定登録、考案の名称「精麦装置」、以下「本件考案」という。)の権利者であつた。
(二) 本件考案の実用新案出願公告公報(甲第一号証の二)における登録請求の範囲の記載は、「精白筒の直径一に対しその長さを三以上となしたる精麦装置の構造。」であり、その構成は、次のとおりである(別紙第一参照)。
(1) 精白筒の直径一に対し、その長さを三以上とすること。
(2) 精麦装置であること。ただし、ここに「精麦装置」とは、狭義の精麦に限らず、精米等を含む精穀装置を意味するものである。
(三) 本件考案の精麦装置は、右の構成を有することにより、穀粒を連続長時間摩擦させて高温、湿潤を維持し、かつ、搗精にともない剥離する糠を抵抗として摩擦を強化し、もつて搗精を促進するという作用効果を奏するものである。
二 被控訴人の権利侵害
(一) 被控訴人は、控訴人が本件考案の権利者であつた昭和三五年三月二一日から昭和三六年一月二四日までの間に、業として、別紙第二(イ)号説明書及び図面記載のような佐竹式ワンパス精米機(以下「(イ)号物件」という。)合計一、八五九台を製造販売した。
(二) 右(イ)号物件は、本件考案の権利範囲に属するものである。すなわち、(イ)号物件の精白筒は、送穀スクリューを収納する円筒部(長さ六五粍)とこれに接して精白翼を収納する六角形多孔筒部(長さ二〇二粍)とから成り、その長さは合計二六七粍であつて、円筒部の内径は六三粍、六角筒の内面の対辺距離が六五粍、対角距離が七三粍であるから、いずれにせよ、(イ)号物件は直径一に対し長さを三以上とする構造の精白筒を備えるものであり、かつ、精米機として精穀装置の範疇に属すべきものである。このように、(イ)号物件は、本件考案の前記の構成をすべて具備し、これに由来する作用効果においても異なるところはないから、本件考案の技術的範囲に属するといわなければならない。
(三) したがつて、被控訴人が(イ)号物件を製造販売したことは、故意又は過失により、控訴人の権利を侵害したものにほかならない。
三 控訴人の損害
本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、一台につき金五、〇〇〇円が相当である。したがつて、控訴人は被控訴人の前記不法行為により、一、八五九台分の合計金九、二九五、〇〇〇円の実施料相当額の損害を蒙つたというべきである。
よつて、被控訴人に対し、損害の賠債として、金九、二九五、〇〇〇円及びこれに対する不法行為後の昭和三九年一月二八日から完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。
四 被控訴人の主張について
本件考案の審査の過程において、被控訴人主張のとおり、再度にわたり引例を挙げて拒絶理由を示され、控訴人が最後に公文訂正説明書を提出して、これに基づいて出願公告されたことは認めるが、本件考案が精白の対象を麦粒に限定したから登録査定を得たものであること、また、当時精白筒の直径一に対し長さを三以上とした精米機が公知であつたことは、否認する。なお、(イ)号物件が被控訴人主張のとおりの噴風装置を備えていて、これにより、多孔筒外に糠を吹散させるとともに、低温で精白を行なうものであることは認めるが、右噴風装置は精白筒の構造とは別個のものであつて、(イ)号物件は基本的に本件考案を利用しているものである。
第三 被控訴人の答弁
被控訴人訴訟代理人は、答弁として、次のとおり陳述した。
一 請求原因の認否
請求の原因第一項の(一)の事実は認める、同(二)の事実中、本件考案の登録請求の範囲の記載が控訴人主張のとおりであり、その構成要件が控訴人主張の(1)及び(2)の二つであることは認めるが、その余の事実は否認する、同(三)の事実は認める。同第二項の(一)の事実は認めるが、(二)及び(三)の事実は否認する。同第三項の事実は争う。
二 被控訴人の主張
(一) (イ)号物件において、送穀スクリューを収納する円筒部は、送穀作用を行なうのみで精白作用を行なうものではないから、いわゆる精白筒には該当せず、したがつて、(イ)号物件の精白筒の長さは二〇二粍である。そして、直径とは円についての概念であつて、本件考案における精白筒は円筒でなければならないと解すべきところ、(イ)号物件の精白筒は六角形であつて、その対辺距離は六五粍、対角距離は七三粍であるが、直径は計測できず、したがつて、(イ)号物件について精白筒の長さと直径の比を論ずることは無意味なことである。
(二) 本件考案は、精麦装置の構造に関するものであつて、控訴人主張のように、精麦に限らず精米等を含む精穀装置を意味するとし、その権利範囲を精米機にまで及ぼすべきものではない。すなわち、本件考案が出願公告されるに至るまでの審査の経緯をみると、控訴人は、当初から考案の対象を精麦機であるとして、説明書においてもつぱら麦粒の精白作用と効果について論じ、特許庁から再度にわたり引例を挙げて拒絶理由を示され、さいごに全文訂正明細書を提出して、これに基づいて出願公告されたのであるが、この間、控訴人は一貫して、精麦についての作用効果のみを強調し、もつぱら、精白の対象は麦粒であること、麦粒の特徴及びその粒々摩擦によつて温度及び湿度を維持して搗精を促進しうる所以を強調したものであり、一方、精白筒の直径一に対し長さを三以上とした精米機は本件考案の出願当時すでに公知であつたことを参酌すれば、本件考案は、精白の対象を麦粒に限定したからこそ実用新案登録をえたものであるといわなければならない。
(三) また、(イ)号物件はもつぱら玄米の精白のみを目的とする精米機である。すなわち、(イ)号物件の精白室を構成する精白筒は、六角型多孔筒であつて、玄米の搗精にともなつて剥脱する糠は精白作用に有害であるため、噴風装置、すなわち精白転子上に突設された精白翼片の裏側に平行して設けられている噴風口からの噴風によつてこの多数の孔から糠を除去するとともに、精白筒内を冷却して低温に維持し、かつ、湿気を排除するものである。そして、精白作用は、右六角型多孔筒の屈折部と筒内に打ち出された多数の突起によつて行なわれるものである。精白筒のこのような構造及び機能は、精米機に特有なものであつて、これを精麦に供することはできないものである。
(四) 以上のように、いずれの点からみても、(イ)号物件は本件考案の技術的範囲に属するとはいえない。
第四 証拠関係<略>
理由
一控訴人がその主張の期間本件考案の権利者であつたこと、本件考案の登録請求の範囲の記載が控訴人主張のとおりであつて、その構成が控訴人主張のとおり(ただし、「精麦装置」というのが狭義の精麦に限らず、精米等を含む精穀装置を意味するとの点を除く。)であり、その奏する作用効果も控訴人主張のとおりであること及び(イ)号物件の構造が別紙第二(イ)号説明書及び添付図面記載のとおりであること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二そこで、(イ)号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
まず、(イ)号物件が精白筒の直径と長さの比を一対三以上とするものと認めるべきであるか否かの点はさておき、控訴人主張のように、(イ)号物件が精米機として、精麦の機能をも有する精穀装置というべきものであるか否かについて検討することとする。
前記当事者間に争いのない(イ)号物件の構造によると、(イ)号物件にあつては、送穀スクリューに続く噴風精白転子を収容して米粒搗精の作用を営む筒状部分は六角筒で多数糠排出孔が開けられており、右精白転子上にはその外周面に直径方向に対向する二枚の精白翼片が設けられ、かつ、その翼片の裏側に平行して噴風口が設けられていることが明らかである。
そして、<書証>に本件口頭弁論の全趣旨を総合して検討すると、次の事実を認めることができる。すなわち、一般に大麦、裸麦の糠層は玄米に比べて遙かに厚く粗剛であるため、これを精白するには加水して糠層を軟化させ、かつ、適当な温度を維持して搗く必要があり、また、摩擦式精麦機の場合、精白筒はふつう円筒であつて、剥脱した糠も粒々摩擦のための抵抗として作用するようにされている(貯糠式精白)。一方、(イ)号物件は噴風摩擦式精米機であるが、前認定のとおり、搗精室が六角形であつて、多数の糠排出孔があけられてあり、単なる円筒形とは異なつて抵抗が強いため、流動移行する米粒群を攪乱摩擦し、また、噴風口からの噴風により米粒を冷却しつつ糠排出孔から除糠して、搗精するもの(除糠精白)であつて、これを精麦に供するときは、加水湿潤した麦粒が糠とともに六角筒の隅角部に固着して、粒々摩擦を全般に均一に行なうことができず、また、多量の砕麦を生じて不都合であり、したがって、(イ)号物件によつて麦類を搗精することは、必ずしも不可能とはいえないとしても、一般には不適当というべきである。以上のとおり認めることができ、この認定をくつがえす確証はない。
もつとも、<書証>によると、一般に、精米及び精米に兼用しうる精穀機が存在すること及び摩擦式のもので精穀機と名づけられて、その精白筒が(イ)号物件と類似の構造のものが存在することを認めることはできる。しかし、単に、一般に精米及び精麦に兼用しうる精穀機が存在することは、既述のような理由に基き(イ)号物件を精麦に供することを不適当とする前記認定の妨げとならないことは自明であり、また、摩擦式精穀機で精白筒が(イ)号物件に類似の構造のものは、前認定の麦類の特質に徴し、その名称にかかわらず、これを精麦に使用することは好ましくないものと解するのが相当であるから、やはり、(イ)号物件に関する前記認定を妨げるものではなく、他に右認定を左右すべき的確な証拠は存しない。
控訴人は、本件考案における「精麦装置」とは、狭義の精麦に限らず、精米等を含む精穀装置を意味する旨主張するが、本件考案の出願公告公報によると、その実用新案の性質、作用及び効果の要領の項において、本件考案の目的及び効果の説明として、「精麦過程に於て荒皮の搗精は極めて容易なるも荒皮搗精後の麦粒群を精白することは困難なり仍て本考案は荒皮搗精後の麦粒群を精白するに当り連続長時間粒々摩擦し以て精白に必要なる温度を維持せしめ且つ搗精に伴い剥脱せる糠を粒々摩擦の抵抗たらしむるものとす」(左欄四行ないし九行)、「本考案は荒皮搗精後の麦粒の精白に当り其の精白筒の直径一に対し長さを三以上となしたるが故に精白に必要なる温度を維持し長時間粒々摩擦するは勿論……麦粒を摩擦する精白筒の摩擦面を拡大すると共に粒々摩擦の範囲を拡張するを以て精麦能率は因より精白率を向上するを得べし」(右欄一四行ないし二〇行)との各記載のあることが認められ、これらの記載と前掲当事者間に争いのない本件考案の構成とを総合して考えると、本件考案は、特に麦粒についての精白効果を挙げることを強調し、そのための効果的な技術的手段を供するものとして、精麦装置に限定して権利を附与されたものと解すべく、これをもつて、精米の概念をも含む精穀装置の構造と解することは、その権利範囲を不当に拡張する結果となり、妥当性を欠くものと解するのが相当である。
以上のとおり、(イ)号物件は精米機であつて、精米に特有の構造、機能を有し、精麦に用いることは不適当であり、また、本件考案は精麦装置に限定してその権利範囲を定めるべきものであるから、(イ)号物件は本件考案の対象とは異なる物品であり、したがつて、その余の点について判断するまでもなく、(イ)号物件は本件考案の技術的範囲に属しないというべきである。以上の認定をくつがえし、(イ)号物件が本件考案の技術的範囲に属すべきものであることを的確に認めさせるに足る証拠は、本件にあらわれていない。
三叙上のとおりであるから、(イ)号物件が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする控訴人の本訴請求は、更に他の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかである。よつて、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴を理由なしとして棄却する。
(服部高顕 石沢健 滝川叡一)